楽しむってなんやねん
こんにちは。
スポーツ整体トレーナー 西川菜緒子です。
「楽しむ」って
「手(た)」を「伸ばして(のして)」
みんなが手を伸ばし
いっしょに歌い踊る
日本神話のあるシーンから
生まれた言葉でもあるそうです。
この「楽しむ」と言う言葉に
昨日、引っかかることがあり
春先に書いたブログを
加筆修正しました。
先日行った試合会場で見かけたこと。
新しい年度の公式戦初戦だから
仕方ない…のですが
みんな気合いが入りすぎて
プレーも硬くなってました。

アップが終わった段階で
わざわざ円陣組んだりして
いつもと違うことをしてる。
分からなくもないですよ。
この「高めたい」感じ。
けれども
気持ちが入れば入るほど
たいていは内にこもるので
顔は下を向き
肩は内に巻き
骨盤は下がり
しっかり立つこともできない
カラダになっていく。
どんどん硬くなっていく。
それじゃあ実力発揮できん…!!
だから
こういうときこそ指導者は
デン!と構えておいてほしい。
…のですがザンネンながら
指導者も気合いが入ってる。(笑)
自分の緊張がすでに高まってるから
ついつい高めたくなるんでしょうね。
直前のミーティングで
妙な気合いを注入してました。
「負けたらオレが責任取るから」
とか言ってて。
はぁ?
何の責任?
選手ってそんな責任負ってるん?
負け「たら」って
その仮定、すでに終わってない?(笑)
「負け」って言葉を
脳にインストールさせる弊害を
考えたことある?(ないよね)
地域スポーツの育成年代の選手に
責任が出てくる勝ち負けってある?
そもそも勝たせたいんやよね?
それとも自分が勝ちたいの?
(やっぱ自分が勝ちたいんかな)
だったらどうして
選手を勝たねばならない呪縛にかけて
ガチガチにするの?
でもこれはそもそも
「試合に臨む」ためのメンタルが
すでにズレてるんです。
試合って文字通り「試し合い」。
今から戦う相手のチームと
ふだんの練習でやってきたことを
試し合いする場ですよね。
●磨いてきた個人技が通用するか
●仲間と連携したプレーができるか
●作戦(戦術)通りにすすめられるか
などなど
自分たちでやってきたことが
どんなもんかと相手の胸を借りる。
それは練習試合でも
公式戦でも同じじゃないとおかしい。
練習試合は70%で
公式戦だけ100%出せるとか
そんな器用なこと子どもができる?
それにホンマのことを言うと
アマチュアの世界で
勝ちたい試合はあっても
勝たねばならない試合はない。
競技は「技を競う」から競技。
その結果、勝ちか負けが決まる。
技の点数が多い方が勝ち。
勝ちたい。
勝ったらうれしい。
それだけやのに
なんで責任とか出てくるねん。
勝たせたいなら
勝たせてやるだけの
準備はしたの?
カラダのことも
メンタルのことも勉強した人なら
絶対そんなこと言わない。
そんなくらいなら
うわべだけの言葉で遊ぶなよ
なんて思うわけです。
そして今日の本題は
指導者でも選手でも
「大事な試合」のときに
よく耳にする声かけ
「楽しんで」って言葉。
たぶん緊張させないために
使ってる思いやりの言葉だと思う。
でも
楽しむために試合出るような
余裕のある人いる?
って
違和感もってしまうんですよね。
楽しむってどういう状態なのか
ちゃんと考えて使ってない
匂いがプンプンして。
楽しいって
「その行為の最中(Doing)に湧き上がる
のびのびと満ち足りた気持ち」
のことじゃないの?
楽しい=のびのび手を取り合って
歌い踊るような
満ち足りた気持ちにならないとムリでしょ?
肉体的にも精神的にも
できることはすべてやった!
だから後は本番のそのとき次第。
人事をつくして天命を待つ
競技スポーツにおいては
この境地に入った人だけが
「楽しむ」って言葉を使えると思う。
だからよく近年の
オリンピック選手なんかが使うでしょ。

それこそ
本番を迎えるにあたって
満ち足りるほどやってきた自分に
祈るような気持ちで
差し向けてる言葉。
そう。
だから
「本番に楽しむ資格」があるとしたら
例えばサッカーなら
「サッカーがうまくなる」
「本番に力を出せる」
毎日毎日
そのことにピントをしぼって
暮らしてきた人にしかないのでは?
食べること
寝ること
学校の勉強
空いた時間の使いかた
全部「サッカーする」ことに
ピントを合わせて暮らす。
寝ても覚めても
サッカーのことを考えて
行動を選んで
一途に打ち込んできました!!
(※一途の「途」は
「みち・みちすじ」という意味)
そう言いきれる人に
本番に楽しめる資格も
余裕もありますよね。
これまで培ってきた力を
ぜんぶ出せますように。

「あとは天に任せる」くらいの
力の抜けた境地に入った人です。
緊張の先にある静かな世界。
そういう人の言葉には
魂がこもるから
自分も人も動かす力がある。
でもみんな
それだけの「行為」があったでしょうか?
好きなジュースがやめられない
ついついパンやお菓子を買ってしまう
気付けば何時間もスマホを見てた
ゲームをしてた
勉強やカラダの手入れは
めんどくさいから時間をかけない
…
…
…
最善を尽くせるカラダにする
時間すら取って来なかった
そんな人は私に言わせると
一途じゃないし
人事を尽くしてません。
一途に打ち込んでこなかったから
「楽しんで」と言われても
一途じゃなかったことは
自分が一番知っている。
だからピンと来ない。
ひびかない。
やった気にだけなってて
ピンと来た気になってる人は
頭でそう思ってるだけ。
最善を尽くせるように
してもらってないカラダが
何よりもちゃんと分かってるから
楽しむだけのプレーはできない。
そして選手だけじゃなく
指導者もそうですよね。
選手のカラダもメンタルも
「本番を楽しめる」よう
心を配って暮らしてきたか?
そうしてきてない人間が
発する「楽しんで」という言葉には
魂がこもらないので
力を発揮できない。
「楽しむ」ことができるのは
何も本番に限ったことじゃない。
どの練習もどの試合も
本気で一途=
己の氣を分散させず
1つの道に集中してきて
思う通りのプレーができたら
「あ~楽しい!!」って心底思える。
夢中でやってるうちに
終わってしまってた!
自分でもびっくりするくらい
集中してた!
この時初めて
「あ~楽しかったな~」って
思えます。
のびのびと満ち足りて
幸せな気持ち。
楽しくて楽しすぎて
またそれを味わいたくなる。
そうなるから
「自分ってまだいけるんちゃうの?」
「もっといけるんちゃうの?」
期待が生まれ
一途にも変わっていける。
そしてこのくり返しが
人を成長させていく。
練習からここに持っていけてたら
「楽しみます」「楽しんで」
と言う言葉に魂がこもり
途方もない力を本番で
お互いが与え合える。
きっと試合の展開も結果も
充実感も変わるはず。
ちなみに
冒頭の神話がどこかと言うと
天岩戸のお話
みんなが楽しんでいたから何だろうと
思わず天照大神が岩戸を開いて
この世に光が戻ったシーン。
楽しむってそれくらいの
大きな力を備えてるから
活用しない手はないです!!
では今日はこの辺で。
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